放課後。
まだ雪も溶け切らない初春である。
外は薄暗く、だがしかしようこはいつもと変わらない足取りで路につこうとしていた。
本心を言えば、一人で帰るのに抵抗がないわけではない。
だが青沢は宿直であった。
まあ、今日に限らず青沢に送ってもらう事は出来ない。
学校から駅まではさびれたとまでは言わないが、
大して繁盛しているわけでもない商店街がだらだらと続く駅前通りをおおよそ30分歩く。
もちろんバスも通ってはいたが、両親のいない施設育ちのようこにはそんな余裕は無い。
青沢の城とも言える「実験準備室」は五階建ての中等部の校舎の一階に位置し、
ようこは青沢に別れを告げてから数分でもう下駄箱まで到着していた。

それは、自分の外靴を出して履こうとしていた瞬間だった。靴を床に置き上靴を脱ごうとし、気が付いた。
その靴の直線上の、ようこと玄関のガラス戸の間の距離に人が立っている事を。
ようこは少しぎょっとしてその人物を見つめた。
というのも、その人物はここが学校という場所であるにかかわらず、私服を着ていたからだ。
黒いジャケットに同じく黒のパンツ、ダークグレイのシャツ、そしてノータイ。
黒い腰までの長髪を後ろに束ねた十代後半程度の少年。
前髪が伸び目こそ良く見えないが、への一文字に結んだ口が、わりと整った顔立ちを完全に壊している。
ようこはその少年がおそらくは同じくらいの年頃であるにもかかわらず、
何歳も、下手をしたら何十歳もの年上に見えて仕方が無かった。
服装のせいもあるだろうが、この少年にはどこか近寄りがたい雰囲気を感じさせるものがあった。
少年はいつからここにいたのか。
ようこがここに来る前からいたのかもしれないし、ようこが考え事をしながら靴を履こうとしているところにきたのかもしれない。
だがそれはようこにとってどうでもいい事だった。
ようこの目は少年の手にした細長い棒状のものに釘付けになっていた。
ようこは時代劇などあまり見ないのだが、何度となくテレビで見た事はある。
素人目でもそれは日本刀を鞘に収めた状態のように見えた。
握りは少年のこぶし三個程度。
すらっと地上にのびる、今は鞘に納まったままの、おそらくは刃にあたる部分は異様に長く、
少年の腕から伸び地面に突き刺さっている。
その鞘の先にはほんのりと雪が積もっていた。
こつん、とその刀の先を一度床に当てると、雪は玄関のタイルに落ち溶けた。
少年はまっすぐにようこを見ていたが、ふいに天井を見つめ鼻をひくひくと痙攣させた。
ようこがその少年に声をかけようかとした時、
少年は刀を持っていない方の左手で鼻を軽くかいてからいきなりようこの方へと走り出した。
まるきり予備動作がなくて、ようこは面食らって背中を下駄箱にぶつけてしまった。
ようこの横をすり抜けて、少年は下駄箱の間を駆け抜ける。
玄関の真ん前には上の階に登るための階段(ちなみにここの階段の他には校舎外からの非常階段しかない)
右の廊下に行けば、職員室と体育館。左に行けば去年新しく増設された新校舎がある。
新校舎には青沢のいる実験準備室をはじめとする教科毎の特別教室がある。
時間も早いので青沢は宿直室にはまだ行っていないはずだとようこは思った。
ようこはその背中を必死に目で追い、青ざめた。


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