「青沢先生、今日の宿題、教えてよ。」
学校指定の白い長袖シャツ一枚でソファに寝転びながら、河合ようこは言った。
乱れたセミロングのストレートヘアを手櫛で整えながら、ようこは学校指定の紺のハイソックスを探す。
先生、と呼ばれた男青沢俊夫は苦笑しながら背広をはおい、ネクタイをきつく締めなおした。
「自分でやらないと意味が無いだろ」
完全にもう「先生」の服装に戻った青沢はそう言いながらようこの頭を大きな手でわしわしとなでた。
ようこは青沢の手を乱暴に払いのけ、子供じゃないんだから、と言ってむくれた。
確かにそうだね、と青沢はまた笑いながら、青沢が脱がせたようこのスカートとハイソックスを差し出す。
ようこはわざと子供ぶってむくれて見せてそれを受け取った。
ようこ、こと河合ようこは来月には中学を卒業し、エスカレーター式に高校に進学する予定の女生徒である。
手入れの行き届いた黒いストレートセミロングヘアの、ありていに言えばごくごくありふれた少女である。
特別可愛いわけでも不細工なわけでもない。
成績が良いかと言えばそうでもないし、赤点を取るほど落ちこぼれてもいない。
いわばクラスの「中堅派」とでも言えようか。目立たない存在ではある。

そのようこの相手青沢俊夫はと言うと、これまたごくありふれた教師であると言える。
まだ若く23歳で、マイナス部分の少ない気さくな性格と容姿を持つ為に女子生徒には上々の人気を得てはいるが、
「中学校」という特殊な状況下のみに発生する「人気」である事を本人も自覚している。
二人の関係は立場上のせいもあって、秘密にされていた。
ようこは真面目がとりえの「いい子ちゃん」であったし、青沢もぺえぺえの新人教師。
共に問題を起こす事はなるべく避けたい所。
加えてようこはエスカレーター式ではあるが高等部に進学する事が決まっていて、
もしこの事実が周囲に知られてしまえばおそらくようこは退学処分に処されてしまうだろう。
ようこは漠然とこの関係はきっと進学すれば終わってしまうと考えていた。
青沢がどう考えていたのかはわからない。
わからないからこそ、ようこは青沢にとって自分はいわゆる遊びの対象であったと認識していた。
妙に乾いた目で見ていた。自分自身、「本気」で無いように思う。
ようこは生まれたばかりの赤ん坊の時に捨てられた親なしの施設育ちであった。
自分の境遇を悲観しているわけではなかったが、ぼんやりと両親から愛情を注いでもらった事が無い事実に対して、
自分の性格形成に少なからず悪影響があるのではないかと考えている。
もしかしたら自分は他人を愛することが出来ないのではないだろうか。
若いようこは若さゆえに悩んでいた。
青沢はいつもそんなようこを微笑ましげに眺めては頭をなでた。


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