3:下山未来
「しょっうこっちゃ〜ん、たかし、来てるぅ???」
あたし、こと下山未来(シモヤマ ミク)は軽やかな足取りで、祥子ちゃんの部屋の扉を開け放った。
「あら、未来ちゃん。大山君はまだ来てないわよ。」
祥子ちゃんは部屋の真ん中にぽつねんと置かれたロッキンチェアに腰掛けて、小さな文庫本を手にしていた。
いつ来ても、かざりっけのない質素な部屋だ。
六畳一間の部屋には古びた木製のロッキンチェア。その横には円形の足の高い、小さなガラステーブル。
あたしが今立っている扉の向かいには大きな窓とこざっぱりとしたキッチン。
右手には鍵師の間へと続く鉄製の扉。
左手には祥子ちゃんの生活道具が納められたクローゼット(もちろん中は見た事はないが)。
「その声は、下山さん?」
鍵師の間の扉の小窓から、聞きなれた声。もちろん、声の主は鍵師、纏有久。
「おっす、有久くん。今日も元気に鍵師してる〜?」
「うん、元気だよ。下山さんは?」
「今日はまだたかしと会ってないから、ちょい元気〜ぃ、くらい?」
たかし。大山たかし。あたしはここに毎日来ている、技師大山たかしに会いに来ている。
たかしとあたしは従兄妹同士。小さな頃からあたしは、夢に向かって大暴走だったたかしにぞっこんラブ。
しかしたかしは色恋沙汰には妙〜にクールアンドドライ。
まあ、色々と、恋のハードルはあるわけでして・・・。
「たかしはまだ来ていないよ。まだ、整備が終わってないんじゃないかな。」
「うっそ。もうお昼回ってんのに、まだ帰って来てないの?おっそーいじゃん。」
いつもだったらたかしは、正午にはもう鍵師の間で祥子ちゃんお手製の昼食をとっている筈だ。
その点であたしはちょっと祥子ちゃんを羨んではいる。
たかしの為に、お昼ご飯を毎日作る事が出来るなんて、まるで奥さんみたいじゃないの。
でもでも、祥子ちゃんにその気が無い事はもう既に何十回も確認済み(しつこい?)。
そもそも侍女である祥子ちゃんには恋愛の自由が無いのだ。
だけど、あたしは割りとそういう事には寛大な女なので、禁じられた恋愛にも理解を示し・・・
いやしかし、たかしとのラブは許すまじ・・・!
いつの間にか、握り締めていた拳には汗がじっとりと滲んでいた。
祥子ちゃんの譲ってくれたロッキングチェアに腰を落とし、これまた祥子ちゃんが用意してくれたレモネードのグラスにささったストローに口をつける。
祥子ちゃんはキッチンでちょっと遅めの昼食を作っていて、オリーブオイルのいい香りが鼻をつく。
今日は祥子ちゃん特性パスタ。あたしの分と、祥子ちゃんの分と、たかしの分の三人前を作っている。
有久くんは鍵師なので、食事はしない。
それってちょっと・・・いや、すっごく損してるって思う。
おいしい料理を楽しめないなんて、人生の楽しみの二分の一は損してる!
もちろん、残りの二分の一は・・・。
「未来ちゃん。お仕事の方は?」
穏やかな祥子ちゃんの声。
あたしはレモネードのグラスにささったストローを指先でいじりながら、
「さぼってきちゃったの。」
軽く言ったあたしの台詞に、祥子ちゃんはふふふ、と笑った。
「毎日さぼってて、大丈夫なんだ?」
不思議そうな有久くんの声。
あたしはこう見えて、この国の宮廷騎士団の第参小隊の隊長と言う役職。
男勝りとは正にあたしの事で、あたしの倍もある年齢のおじさん達の指揮を執っている。
それはもちろん、あたしの実力ゆえの当然の結果であるのだが。
あたしは携帯電話の液晶画面に記されたデジタル時計をちらりと見た。
時間が無い。
・・・しょうがないか。
あたしはやむなく、予定通りとはいかないまでも、ほぼ計画通りに事を進める事にした。
ああ、たかし。大山たかし。
今、貴方の未来は、全力で力の限り一生懸命、恋の成就にひた走らせて頂きます!
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