1:大山たかし
 暑い。汗が頬を伝って足元の砂にぽとりと落ちた。
 常夏パラダイスとくりゃあ、どこまでも広がる見渡す限りの海!砂浜に咲くは色とりどりのビーチパラソルにハイレグビキニのお姉さん方!しかしその海が、水の一滴も無い砂岩の海となると話は別である。
 焦げる音さえ聞こえてきそうな太陽光をパラソルで何とか凌ぎながら、それでもオレは手を休ませずに新たにくわえた煙草を目で指した。
 中型のポータブル扇風機の横で、ポケーッと突っ立っていた女、滝川アンリはオレの視線をゆっくりと追って、のろのろと自分のヒップバックからジッポを取り出し、くわえた煙草に火を点けた。
 両手に持ったスパナをビーチパラソルの下にひいたマットに落とし、右手の人差し指と中指に煙草を挟むと、ぷはーと一気に煙を吐き出した。
「おいアンリ、大丈夫か?」
 再び扇風機の前でボケーッとしているアンリに問う。アンリは暫らく口を半分開けてジーッとオレを見ていたが、
「機能の70%がダウンしています・・・」と言った。
「ちょっと待ってろ。コイツが終わったら、診てやるから。」
 聞こえているのか聞こえていないのか解からないが、アンリに言ってから再びスパナを拾って作業を再開させる。

 蜘蛛を模した八本足の自律型ロボット。
 世界を囲む壁の整備の為にナンバーアインスからツヴェルフまでの12体を放っている。
 加えてこの世界の命、力の象徴である太陽を整備する為に耐熱処置の施した蜻蛉を模した自立型ロボットナンバーヌル。
 その全てを整備、点検、調整するのがこのオレ、大山たかしこと「技師」の仕事だ。
 何百年も昔から13体のこのロボット達は砂岩の海で構成されたこの世界を囲む壁を、それを照らす太陽を整備し続けている。
 誰がこのロボットを作り出したのか。どこにも記録が無いので、誰にもわからない。
 しかし、細々とではあるが、オレ達技師がこうやって受け継がれた知識を技術を活かして整備を続けている。
 ナンバーヌルの、てらてらと光る二抱えはあるであろう羽のコードを新しい物に代えればヌルの分はもう終わり。
 ヌルの設定をもう少し変更して、太陽の熱度を減らしたいのだが、どうもうまくいかない。
 いっその事「街」の様に、この砂岩の海にも空調設備を整えるか?
 遥か遠く、この世界の中央に位置する「街」を囲む城壁をオレは仰ぎ見た。
 人間が唯一住む事が出来る「街」。
 ロボット達の整備をする為に、この安全かつ快適な街から「外」の世界へと出向かなければならないオレ達技師は常に命の危険にさらされていると言っても過言ではない。
 何故なら、「外」にはモンスターと呼ばれる異形の者達がそこら中に生息しているのだった。
 そこで役に立つのがこの汎用人型ロボット、滝川アンリ(DW03号)である。
 元々は国のお偉いさんの依頼で作ったダッチワイフロボだったのだが、依頼主が急死してしまい、行く当ての無くなった物をパートナーロボットとして改造したのである。
 総じて金のある中年という奴は、性的嗜好がマニアックだと言うのがオレの持論。
 それを知ってか知らずか、アンリの依頼主のオーダーもまた、オレにはどうにも理解出来ず。
 平たく言うと、ロリータコンプレックスと言う奴だ。黒ストレートのツインテールに、十代半ばと言っても通るであろう童顔。
 全体的に小柄で、胸も尻も極端に小ぶり。まあ好みの問題なので、オレがとやかく言う筋合いはないのだが・・・。
 先程のモンスターとの戦闘で、アンリの体内に異常が発生したらしく、いつもトロ臭いアンリがより一段トロくなっている。
 緩みかけた螺子をスパナを固く締め、やっと終了。
「よしアンリ。診てやるから服・・・」
 振り向いた瞬間に、視界に飛び込んできたのはアンリのジャスト3メートル真後ろ。
 盛り上がった砂から覗く二つの赤い濁った光・・・。
「ち!またサンドワームか?!」
 黒板に爪を立てた様な不快音を大音量で撒き散らし、赤目の持ち主巨大砂蚯蚓、サンドワームは一気にアンリの頭上へと舞い上がり、上空で大口開けたままアンリのどたま目掛けて急降下!
「ちい!」
 それでも微動だにせず黙って立ったままのアンリに、サンドワームが喰らいつくのが砂埃の合間に見えた。
 目の前に放置している「装置」を持つと、ダッシュでパラソルの外へ出た。
 太陽光が降り注ぐ。
 レヴァンテインと名づけられたその装置は、一見すると、一抱えほどある巨大なカメラの様でもある。
 装置上部から太陽光を吸収、熱に転換し、レーザー状に放射する簡易的攻撃用装置。
 威力は中の上といった所だが、サンドワーム程度を焼き殺すのには十分である。
 装置上部のカバーを外すと、地鳴りの様な音と共に、レヴァンテイン発動!
「吼えろっ!レヴァンテイン!!」
 ぐるるるるるるぅううぁああああああ!!!!

 刹那後には既に火だるまのサンドワーム。降りかかる火の粉に気をつけながら、オレは多少乱れたパラソルを直す。
 サンドワームは暫らくもんどりうっていたが、女の悲鳴に近い大きな断末魔の声を上げ、その体躯を砂岩の海に横たえた。
 パラソル下の荷物から、ポータブル消化器を取り出し粗方火を消し終わった所で、やっとアンリは自力でサンドワームの口の中から這い出してきた。顔も服も髪も、サンドワームの体液でべとべとになり、すすだらけでもあった。
 恨みがましい顔で、うああ、と呻いてからアンリは前のめりにつっぷした。
 オレはアンリの足首を持ってパラソルの下に引っ張る。服を脱がせて、整備を始めた。



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