「それで、“想い”がここに留まっているという訳か。」
ん、とあいみが声のした方に顔を上げて見れば、一人の少年がこちらに向かって佇んでいた。
その少年は、恐らくはあいみと同年齢位であろうが、あいみには自分よりも遥かに年上に見えた。
喪服の様な黒のスーツを着、真っ黒な長髪を首の後ろで束ねている。
・・・また変なのが出てきた・・・。
呆気に取られたあいみはその言葉をほとんど聞いていなかった。
「青沢俊夫はこの世界には既に存在していない。」
そこでようやくあいみはこの少年が理解不能な事を言っている事に気が付く。
「八樹・・・。」
一番下の段のチョコを舐めていたルカは八樹、と少年を呼び、すぐに立ち上がった。
「またここに来ていたのか。家から出るなと言っておいた筈だが・・・。」
八樹は怒気のこもった声でルカに言い放つ。
ルカはとてもそうは見えないが、無表情ながらも怯えたような口調でもごもごとアイスがどうの、
家の買い溜めがどうのと呟いたが、八樹にじろりと一睨みされて黙ってしまった。
八樹はあいみには一瞥もくれずに、くるりと背を向けると立ち去ろうとした。ルカがそれにアイスのコーンをかじりながら続く。
「ちょっと待ちなさいよ。」
あいみはその態度にむっとして立ち上がりながら二人を呼び止めた。
八樹は足を止める。だが、振り向かない。
「あんた、どうして俊夫の事知っているわけ?」
八樹は答えない。
「それにどうして俊夫が死んだ、みたいな事言うわけ?」
まだ、死んだとは決まってない。単に行方不明なだけだもの、と小声でそれに付け加えた。
八樹はあいみの台詞が終わるとほぼ同時にきびすを返して立ち上がったあいみと向き合った。
その右手にはいつの間にか握られている抜き身の日本刀。切っ先はあいみの眼前。
唐突な凶器の出現にあいみは二、三歩あとずさった。
「俺が殺した。」
短く言うと再び八樹は背を向けて歩き出した。
あいみがぽかんとして見送っている八樹の右手には既に日本刀は握られていない。
はっとして二人を呼び止めようとしたが、凪が吹いて顔をしかめた後にはもうその姿を見付けられなかった。
俺が殺した、俺が俊夫を殺した、俺が青沢俊夫を殺した・・・・・・。
あいみはどすんともう一度ベンチに座り、八樹の台詞を頭の中で反芻していた。
・・・ただその一言だけでは到底信じられない話だった。
そこであいみはふと気が付いた。まだ自分の手に真っ白な名刺が握られている事に。
あのルカとかいう男の言い振りだときっとこの探偵所の人間と知り合いなのだろう。
だとしたら、自称殺人犯、八樹とも何かしら関わりがあるのかもしれない。
あいみは重い腰を上げて、名刺に書かれた住所のビルまで歩いて行く事にした。
手がかりが何も無い以上、どんな事でも調べてみる他無い。可能性は少なくとも。
いつの間にか真ピンクのベンチにまつわる怪談は忘れ去られてしまった。
人の噂は七十五日、というが今の世はもっともっと短いサイクルで古い噂は消え、新しい噂が生まれてくるのだろう。
ベンチで自分を殺した彼氏を待ち続ける少女の幽霊は、
ついに待ちきれなくなり自ら男を探しに街に彷徨い出たのだという新しい噂も、おそらくはすぐに誰の耳にも届かなくなるだろう。
END・・・?
トップへ