ようこが目を覚ましたのはそれから一時間後の病院のベッドの上であった。
実験準備室を出火元とした小火騒ぎが起こったらしく、その事は後日友達からのメールで知った。
小火騒ぎに加えて玄関口にて生徒が一人昏倒していたという事で学校は一時騒然としたが、
ようこは貧血で倒れたという事で通した。
なにしろ、実験準備室は全焼こそしなかったがほとんど灰になってしまい、
加えてあの蜘蛛や青沢や少女達の死体は見つからなかったのである。
今となっては全て夢だったのではないかとさえ思えてくる。
「河合さん、具合どうかしら?」
ようこがいる個室の扉を開けて入ってきたのは淡いクリーム色の白衣を身に纏った女医であった。
はあ、とようこは気のない返事をする。
まだ若くどう見ても20代前半程度の女医は胸に桐生と書かれたネームプレートをつけていた。
桐生は顔色がよくないわね、等と独りごちてようこのおでこに触れたりしていたが、やがてふふふ、と意味ありげな含み笑いをした。
ようこが不審に桐生の顔をじっと見ると、桐生はにっこり笑って、
「はい。彼氏からよ。貴女が眠ってる間にこれを預けていってね。」
と、白衣のポケットからずいとようこの眼前へとそれを差し出した。
ようこは一瞬何のことかまったくわからず、人違いじゃないんですか、と喉元まででかかった。
それはようこの掌に収まる程の小さな箱だった。
渋い青色をしたその四方形はふたの部分が丸みを帯びていて、そして恋愛ドラマなんかではよく見られる形。
ようこも母親のそれを幼い頃にいじくりまわして怒られた記憶がある。
その中に入っているものは、おそらくほとんどの人がこう答えるだろう。
指輪。それも、至極大切な意味を持った。
ぱかりとそれをあけると、小さなダイヤが一つついた細いシルバーのリングが収まっていた。
それをようこは人差し指と親指でつまみ上げて内側に刻まれた文字をみる。
“Toshio For Youko”
“May love last forever”
「あの、これ誰が?」
「ん?」桐生はうーんとあごをさすりながら、
「若い男の子で、その割にはみょーに大人っぽい格好で、ああ、そうそう、長髪だったわね。黒髪で。」
彼氏じゃないの?と桐生は野暮な質問を攻め立ててくるが、ようこはもうそんな桐生の質問等ほとんど聞いていなかった。
あの少年だ、とようこは下唇を噛んだ。
その指輪はまさしく婚約指輪であり、そしてそれは青沢がようこに用意したものに違いなかった。
一体どういうつもりで少年がようこにこれを届けたのかもわからないし、そもそもこれを用意した青沢の真意をようこは疑った。
だが、噛んだ唇からじわりと血が滲んで、痛みからか急に視界がぼやけた。
ひっくとしゃくりあげてからようこの口からは嗚咽が漏れて、桐生が狼狽する程にようこは泣きじゃくった。
桐生はそんなようこを、単に彼氏からのプロポーズに近い贈り物に感動しているのかと思い満足気に微笑んで胸を貸してやった。
ようこは何故だか止まらない涙に困惑しつつも、ここでやっと気がついたのだ。

私は、これ程までに青沢俊夫の事が好きだったのだ、という事に。

END・・・?

トップへ