『ケダモノの嵐』

「ふーん、マミヤ・ケイ、ね。とりあえず忘れない程度には覚えといてやる。」
こちらが名乗ったのだからとっとと名乗りやがれ、等と因縁をつけられ小突かれて、
已む無くわたしは名乗ったのだが、何だかあまり関心のなさそうな態度に、正直いい気分はしない。
しかしわたしはそんなほんの少しの不快感を、顔に出す事無くへらっと笑ってやり過ごす。

わたしこと間宮恵は、氾濫する漫画やテレビゲームの影響か、こんな状況に置かれても、
思ったよりは冷静に行動できているようなのが、実は結構意外だったりする。
「あのー、ここってどういう世界なんですか?
ここってもしかして、『剣と魔法の世界』とかだったりしますか?
さっき、『今度の人間も』って言ってましたよね?
もしかして、ちょくちょく人間が降ってきたりするんですか?
それに・・・」
「あー!うるさい、うるさい!!わしにそーいうまどろっこしい質問を投げかけるんじゃないっ!
ホレ、わしの城にゆくぞ!お前の世話はわしの馬鹿弟子にやらすから、
感謝して、一生わしの為に無償で労働せいっ!」
矢継ぎ早に投げた質問に半ばキレながら、ラビさんはわたしの痛まない腕をぐいと持ち上げた。
「つ・・・!」
しかしそれでも痛む体に、思わずうめき声を上げる。
と、いきなりわたしの尻に、後ろからバチーンッ!と平手をかました。
「しっかりせんかい!その程度の打ち身で根をあげているようでは、
わしの弟子にはとうていなることはかなわんぞ!」
・・・誰も弟子になるなんて言っていませんが・・・。
のど元まででかかったせりふを飲み込み、よろよろと何とかラビさんについて歩こうとするが・・・
いきなり。
そう、それは突然に。
わたしとラビさんの間に割って入ってきたのは、例えるなら羽の生えたライオン・・・まんまだ・・・。
なびくたてがみと、わたしを見据えるするどい眼光はまるで・・・、今度こそ、例えるなら獲物を見つけた肉食獣・・・
え?!って、またまたまんまなんじゃナインデスカ・・・!?!?
「おーおー。おまえさん、人間臭いからよってきちまったじゃないの。面倒臭い娘じゃのー。」
「か、軽っ?!」
わたしの手の親指くらいはあるライオンの牙の間から垂れ流す、汚らしい涎がぼたぼたと地面に落ちると、
そこに生えていた名も知らない草が、紫色に変色して、溶けて燃え上がってしまった。
「て、ていうか!なんなんですか、ちょっと・・・!とけてますよとけて!ていうか火!火っ!!」
前言撤回。わたしはちっとも冷静なんかにはいられなかった。
わたしとラビさんの間にいた一匹の獣が、地を蹴ってわたしの方へ猛烈につっこんでくる!
人間臭いってなに・・・?わたしはちゃんと今日も朝シャワー浴びてきたのにっ!
もうすでに冷静さを欠いたわたしの頭の中は、現実のピンチに耐え切れず、思わず現実逃避で
どうでもいい事ばかりに占拠されてしまっている。
わたしの軽く2倍はある獣は、数回のジャンプでわたしとの距離を詰めると、一気にわたしののど元へ!
叫び声をあげる暇もなく、わたしは声帯を噛み千切られ、痛みと恐怖で気が狂いそうになる。

何故、わたしだけが理不尽な暴力におびえなければならないの・・・?
痛いのは嫌!こんな所でわけもわからず死にたくないっ!!

頭の芯の、ずっとずっと真ん中でずがん、と何かが突き刺さったような音がした。
否、それはおそらく気のせいなのだろうけれど、楔でも打ち込まれた様な、妙な衝撃だった。
ぼっ、と獣の肢体が奇怪な音を上げて爆ぜた。
獣はわたしののどに噛み付いたまま二、三度びくんと痙攣して、下あごの力ががくっと抜けた。
わたしはわけもわからず半狂乱で獣の牙が食い込んでいる事も気にせずに、動かない獣を両手で払いのけた。
はーはーと肩で息をする。
わたしの制服はわたしと獣の血ですっかり汚れてしまっていた。
はっとなってのど元を両手でまさぐっても、傷ひとつ無く、ただ血がこびりついているだけだった。
「・・・???」
のど元ばかりか、右半身の痛みもすっかり消えてしまった。
「ほー、おまえさんなかなかやるのー。これは磨きがいがあるぞ。」
肩でくっくっ、と笑いながら、ラビさんはすっかり動かなくなった獣を片手でひょいと持ち上げた。
「・・・え?・・・ラビさんが、やっつけてくれたんじゃ、ないんですか・・・??」
まだ整い切れていない荒い呼吸で聞き返すが、ラビさんはにやにやと笑っているばかり。
そして、獣をひょい、と近くの樹に投げつけた。
獣はごう、と一気に燃え上がり、灰色の粉になって樹の幹に吸い込まれる様にして消えた。
「・・・今のは・・・?」
「あー、もういちいち面倒じゃのー。生き物が死んだんじゃから、樹に帰るのは当たり前じゃろー?」
「樹に・・・帰る・・・?」
呟いたわたしに、心底あきれた顔で、
「海が死ねば風に、空が死ねば水に、生物が死ねば樹に帰るじゃろー?
今時子供でもそんな事はしっておるぞ。」
そんな事言われてもなあ・・・。
「そして、我々魔が死ねば、光に帰る。」
光・・・に帰る・・・?わたしは・・・死んだらどうなるんだろう?
「・・・光、ですか・・・。」
わたしは呟いてみた。光に帰るっていうのはどういう感覚なんだろうか・・・。


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